
著者プロフィール
田代尚機
1984年大和証券入社。その後、大和総研に出向。1994年より大和総研の代表として北京に駐在、以後中国株アナリストとして各メディアで活躍する。 2003年内藤証券入社、中国部長に就任。現在、中国経済アナリストとして中国市場を分析している。

私の個人的な感触からいえば、2000年から2001年あたりが境目だったように思う。それまで欧米の大手金融機関はH株など見向きもしなかった。社会主義国に対する本能的な嫌悪、国有企業改革が遅々として進まないことに対する失望が大きな障害となっていたようだ。
それが突如として変化した。まず、欧米の大手金融機関がH株などの大型IPO案件の引受を積極的に行うようになった。彼らの手によって、2000年4月にはペトロチャイナ、10月にはシノペック、2001年2月にはシノックがH株(国際)上場を果たした。この頃を境に現在のH株、レッドチップを代表する企業が続々と上場していった。
通信、非鉄金属、航空、石炭、不動産、保険・・・。IPOラッシュは銀行業界にも及ぶ。2005年6月には中国銀行、10月には建設銀行、2006年10月には中国工商銀行がH株(国際)上場を果たした。すべての大型案件で欧米の大手金融機関が主幹事を務め、国際上場銘柄として世界中の投資家に販売された。ちなみに、中国工商銀行の資金調達額はA株市場での発行を合わせると219億米ドル。世界史上、最大の規模となった。

一方、セカンダリーマーケットでは、2003年4月、バフェット氏がH株の代表企業であるペトロチャイナの株式を大量保有(H株発行総額の14%)していることがわかった。また、2003年10月、ゴールドマンサックス証券調査部はBRICsという造語を初めて用い、「BRICsについての大胆な予測:2050年への道程」と題するレポートを発表した。このレポートがきっかけとなり、世界中で新興国投資ブームが起きたのである。
“WTO加盟により中国は急速に自由化、国際化する”。“多極化する経済のひとつの中心が中国である”。“アジア経済の中心は日本から中国へとシフトする”。欧米の中国観が大きく変化した。積極的な欧米金融機関の販売活動を通じ、世界中の投資家が中国株投資を大きく拡大させたのである。それが、2002年10月から2007年10月にかけてH株指数が10倍に跳ね上がった最大の要因である。
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